東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)97号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 請求の原因四、1の主張について
原告は、本願発明において、少なくとも一つの孔をピンに対してオーバーサイズにしたというのは、ピンを弾性ブツシユと共に右孔に挿入した際に、右孔の内面と弾性ブツシユ、又は弾性ブツシユとピンの外面との間の少なくともいずれか一方に隙間が存在することを意味し、この過剰な隙間があるために制動時にピンがその半径方向に自由に動くことができるようになつているものであるとした上、第一引用例には、同引用例記載のトルク支持部材の孔が右のような意味におけるオーバーサイズ孔であるとは記載されていないから、審決が、第一引用例記載のものにおいて、トルク支持部材の孔はオーバーサイズであり、制動時には右孔とキヤリパ部材に固着された一対のピンは半径方向に相対的な運動が生じるようにしたものであつて、その点では本願発明と第一引用例記載のものとの間には相違はない旨認定したのは誤りである旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第二号証(本願公告公報)によれば、本願発明の特許請求の範囲には「上記孔の少くとも一つはオーバーサイズであつて制動時に上記孔とピンとの間に相対的な半径方向の運動が生じ得るようにし、」と記載され、発明の詳細な説明にも右と同一の記載がなされていること(第三欄第一三ないし第一六行)が認められ、右記載からしても、本願発明における「オーバーサイズ」というのは、ピンの径との比較において孔の内面の径が大きいことを意味するものであつて、孔の内面と弾性ブツシユ、弾性ブツシユとピンの外面との間に隙間が存在することを意味するものでないことは明らかであるから、原告の主張は、その前提において失当というべきである。
そして、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、第一引用例の第一頁第五六ないし第五八行には「このタイロツドは前記キヤリア部材の隙間を通り」と記載され、第二頁第八八ないし第九二行には、一実施例について、タイロツド124は「隙間を持つて」トルク受部材112中の孔126を貫通する旨の記載があり、同引用例記載の第三図(別紙図面(二)FIG3参照)には右記載に副う構造が示されていることが認められる。
右認定事実によれば、第一引用例記載のものにおいて、孔126の径はタイロツド124の径より大きいこと、すなわち、右孔は、本願発明におけると同様の内容を有するオーバーサイズ孔であること、そして、右孔126とタイロツド124とは半径方向に相対的な運動ができるものであることは明らかである。
なお、前記キヤリア部材、タイロツドが、本願発明におけるトルク支持部材、ピンにそれぞれ相当することは、弁論の全趣旨により明らかである。
したがつて、第一引用例記載のものについて、トルク支持部材の孔はオーバーサイズであり、制動時に右孔とキヤリパ部材に固着された一対のピンンは半径方向に相対的な運動が生じるようにしたものであるとし、その点に本願発明と第一引用例記載のものとの間に相違はないとした審決の認定に誤りはなく、原告の請求の原因四、1の主張は理由がない。
2 同2の主張について
原告は、本願発明の特許請求の範囲における、弾性ブツシユが「ピンを包囲する」との記載は、弾性ブツシユがピンの長さ方向の大半を覆つていることを意味しているとした上、審決は、弾性ブツシユが、本願発明ではピンを「包囲」しているのに対し、第一引用例記載のものではオーバーサイズ孔の「両端」の拡径部に固定されているという相違点について判断していない旨主張する。
前掲甲第二号証によれば、本願公告公報の発明の詳細な説明には、弾性ブツシユがピンを包囲する具体的態様についての記載はないが、本願発明の実施例を示す同公報記載の第1図(別紙図面(一)第1図参照)には、弾性ブツシユ140が、ピン136と四か所で接触(ただし、真中の二か所はごく狭い幅で接触)し、トルク支持部材のオーバーサイズ孔138と二か所で接触したものが記載され、他の実施例を示す第4図(別紙図面(一)第4図参照)には、二個の弾性ブツシユ140、140が離隔して、別々にピン136を包囲し、かつ、トルク支持部材のオーバーサイズ孔138と接触したものが記載されていることが認められる。
右認定のとおり、本願公告公報に本願発明の実施例として示されたものは、いずれも弾性ブツシユの弾性機能を有する部分がピン136の全長に対して部分的にのみピン136を包囲するにすぎないものであるから、本願発明において、弾性ブツシユが「ピンを包囲する」とは、ピンの長さ方向の全体あるいは大半を覆つているものに限定すべきであるとは到底認め難く、ピンの長さ方向の一部分を包囲する態様のものも当然含むものと解するのが相当である。
したがつて、本願発明の特許請求の範囲における、弾性ブツシユが「ピンを包囲する」との記載は、弾性ブツシユがピンの長さ方向の大半を覆つていることを意味している旨の原告の主張は理由がない。
ところで、前1項において認定した事実と前掲甲第三号証によれば、第一引用例記載のものは、トルク支持部材と摩擦パツドを円板に押しつけるためのアクチユエータを備えたキヤリパ部材と、キヤリパ部材に固着された一対のピン(タイロツド)が、トルク支持部材のオーバーサイズの孔内及び該孔の両端の拡径部に固定した、弾性ブツシユを内設した金属環内を滑動するようにした滑動連結部とを備え、前記ピンは、摩擦パツドから直接又は間接にトルク支持部材に制動力を伝達する手段によつて負荷が軽減され、制動時に前記孔とピンは、軸方向及び半径方向に相対的な運動が生じるようにした円板ブレーキであり、第一引用例記載の第三図(別紙図面(二)FIG3参照)には、一対のゴムシリンダー(弾性ブツシユ)144、146で裏打ちされた金属環140、142が各別にタイロツド124を二か所で包囲したものが示されていることが認められる。
右認定事実によれば、本願発明も第一引用例記載のものも、弾性ブツシユがピンを包囲している点では一致していることが明らかであり、このように弾性ブツシユがピンを包囲することによつてもたらされる作用効果も格別相違するところはないというべきである(両者は、弾性ブツシユの配設手段について、本願発明がピンに固定されているのに対し、第一引用例記載のものはオーバーサイズ孔の両端の拡径部に固定されているという点で相違しているにすぎないところ、審決が右相違点について判断していることは、前示審決の理由の要点により明らかである。)。
原告の請求の原因四、2の主張は、本願発明において弾性ブツシユがピンを「包囲」するというのは弾性ブツシユがピンの長さ方向の大半を覆つていることを意味し、その点において第一引用例記載のものと相違することを前提として審決の判断遺脱をいうものであるが、その前提とする点が失当であること叙上説示のとおりであるから、採用することができない。
3 同3の主張について
原告は、第二引用例及び第三引用例記載のものにおける弾性体(弾性グロメツト、○リング)は、ピン及び孔の内壁の間に緊密に詰まつていて、ピンが軸方向に移動することを妨げるように作用する構成になつており、右各引用例の構成及び作用効果は本願発明や第一引用例記載のものとは著しく異なるから、これを第一引用例記載のものに組み合わせることによつて、本願発明のような構成を得るに適する技術内容のものではなく、審決が、第二引用例及び第三引用例記載の弾性ブツシユ又は○リングは、いずれもピンとオーバーサイズ孔の軸方向の動きを許容するためのものであると認定したのは誤りである旨主張する。
成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、第二引用例には、キヤリパ部材のオーバーサイズ孔中に弾性グロメツト107、109(本願発明における弾性ブツシユに相当する。)を取り付け、トルクプレート(本願発明におけるトルク支持部材に相当する。)に設けたピン89を右弾性グロメツト内に挿通した円板ブレーキが記載されており(別紙図面(三)参照)、成立に争いのない甲第五号証(第三引用例)によれば、第三引用例には、キヤリパ部材に固定するピン7´の外周に弾性を有する二つの○リング16´を嵌着し、制動部材3´のオーバーサイズ孔に右ピンを挿通した円板ブレーキが記載されていること(別紙図面(四)参照)が認められる。
第二引用例記載のものにおける弾性グロメツト107、109及び第三引用例記載のものにおける二個の弾性を有する○リング16´の弾性機能、並びに第二、第三引用例記載のものの構造上、第二引用例及び第三引用例記載のものはピンとオーバーサイズ孔との相対的な半径方向の動きを許容するばかりでなく、弾性グロメツト107、109及び弾性を有する○リング16´は、ピンとオーバーサイズ孔との相対的運動量が小さいときは軸方向に弾性変形して軸方向の運動を許容し、ピンとオーバーサイズ孔との相対的運動量が大きいときは、第二引用例記載のものでは弾性グロメツト107、109の内面とピン89との間で滑りが生じ、第三引用例記載のものでは○リング16´の外面と制動部材3´の孔の内面との間で滑りが生じるものと認めるのが相当である。ちなみに、第二、第三引用例記載のものにおける右各弾性体が、ピン及び孔の内壁に緊密に詰まつていて、ピンが軸方向に滑動することができなければ、ブレーキの組立てや分解を行うことができないのであつて、この点からいつても、第二、第三引用例記載のものにおいてもピンは軸方向に移動できることは明らかである。
したがつて、第二、第三引用例記載のものにおける各弾性体は、ピン及び孔の内壁に緊密に詰まつていて、ピンが軸方向に移動することを妨げるように作用する構成になつている旨の原告の主張は理由がなく、右各弾性体は、ピンとオーバーサイズ孔の軸方向の動きを許容するためのものであるとした審決の認定に誤りはない。
以上のとおりであつて、原告の請求の原因四、3の主張は理由がない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
車両に固着されるトルク支持部材と、回転可能なブレーキ円板をまたぐキヤリパ部材と、第一の摩擦パツドを上記円板の片側の面に押しつけ、その反作用により上記キヤリパ部材が上記トルク支持部材に対し移動して第二摩擦パツドを上記円板の反対側の面に押しつけるようにするアクチユエータとから成る車両用滑動キヤリパ型円板ブレーキにおいて、上記トルク支持部材とキヤリパ部材の間に滑動連結部が設けられ、該連結部は、上記トルク支持部材およびキヤリパ部材のうちの片方の部材に固着された一対のピンが、それぞれ上記両部材のうちの他方の部材の孔の中を滑動するものであり、上記ピンはいづれも、上記摩擦パツドから直接又は間接に上記トルク支持部材に制動力を伝達する手段によつて制動力の負荷を軽減され、上記孔の少くとも一つはオーバーサイズであつて制動時に上記孔とピンとの間に相対的な半径方向の運動が生じ得るようにし、上記少くとも一つのオーバーサイズ孔の中に延在する上記ピンを包囲する弾性ブツシユを設け、該弾性ブツシユは上記ピンに対し相対的に軸方向に固定され、該弾性ブツシユの外面が上記オーバーサイズ孔の内面に対し相対的に滑動することによつて、上記ピンが上記オーバーサイズ孔中を軸方向に滑動し得ることを特徴とする円板ブレーキ。
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
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別紙図面(二)
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別紙図面(三)
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別紙図面(四)
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